一夜にして

昨晩まで思ってもみなかったことを、翌日考えつく、ということが時たまある。
ずっと使うと決めていた言葉が、たまたま読んだ本や、みかけた文字、車窓の風景に影響され、全く別のものに置き換わる、ということもある。そしてそれは、新鮮なうちに使ってしまうか、誰かに話してしまわないと、腐るか忘れるかして消えてしまう、という可能性もおおいにある。

垣根に生えていたキノコ。白の傘によくみれば筋が幾重にも刻まれている。急に帰ってきた寒さに我を取り戻し、萌え出た一斉の白。一掬い、土ごと器に入れて屋内へ。机の上、素焼きのミニカップに入った白い、名も知らぬキノコたちを眺める。

午後、半分萎びた群れがある。
夕刻、全域に渡り萎びかける。
翌朝、別人となり頭を垂れる。

オレのせいか。

冷めたコーヒーの残りを手に持ち、窓辺に寄る。垣根のあたりを眺めると、地に生えていた他のキノコ群も全滅しかけている。私のせいだけではなかったようだ。

ふとスーパーのエノキ茸を思い出す。萎びずに袋につめられたキノコ。お前たちは繊細のかけらもない、図太いやつらだな。オレは腹が弱い。だから垣根の一晩限りの見知らぬ白いキノコを愛でる。

コップに入った土とともに、あまりにも細くなった彼らを放り投げる。酔って帰宅し、間違って最後のコーヒーが残ってたラッキーといって悲惨な目に遭いたくないからだ。と、思ったがもう一日だけ、そうして机においてみる。乾燥もやしのような姿になったキミたちと。

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中華店が閉店したと聞いたので

こどものころから通っていた中華店が閉店したと聞いたので、というわけでもないのだけど、二人でドライブにでかけてお茶。元パン屋さんを三十代が真夏に肌を焼きながら改装して立ち上げた店。まだプレオープン。

相方は赤い持ち手が可愛らしい中くらいの鞄を持ち、私はいつもの茶色い革の鞄。

コーヒーは酸味のあるタイプ。エスプレッソとカフェラテを一杯ずつ。相方はカヌレ。左官仕上げの床が美しく黒光り。そのあと狭くて汚くておっかない駐車場を出て、上町にある古道具まるなか(さなえ)へ。店主は商品入れ替え兼改装中。鎌倉かどこかのお婆さんが小学生の頃に描いたという絵を購入。相方は彫刻の写真集。タイトルは「メメントモリの何語かバージョンじゃない?」と予想していたらしいけど、帰って調べたら全然違くて、「ラテン語で◯◯◯だってよ」と教えてくれた、けどもう忘れてしまったし、相方ももう忘れてしまったらしい。

そのあと近所の真壁商店というアンティークショップへ。私はひっさしぶり、相方は久し振り。大きな布を購入。むかしのお偉いさんが埃除けに家の大きな家具にかけていた家紋入りの布(呼び名があって、教えてもらったけどもう忘れた)で、ところどころシミや穴もありボロさんになっている。になっているけど、麻の白と色落ちして灰色になった染めの黒がいい感じ。これで鞄作る。あと一客のみだったカップアンドソーサーを一客。

相方は外国の布一枚と、紺と藍色のまざったような琺瑯のティーポット。家でさっそく似た色のカップと並べてニヤニヤしている。

こんなに長く出かける予定ではなかったから、疲れて疲れてコンロで焼いた焼き肉が美味しくて。マグロの焼いたのも。あ、筋っぽいマグロはごま油と醤油、ニンニクで焼くと、筋もろともとろっとろになっておすすめ。といってもあまり筋っぽいマグロを手にすることはないか・・

急に帰ってくる中華店。一緒に行った人。

連日の残暑の寝苦しさと、軽度の熱中症的ダルさで午前四時に目が覚める。もうは眠れないほどぱっちりと目覚める。車に乗って三浦海岸へ一人。まだの暗闇。砂浜の波打ち際、潮をまつ細いアシカの群れのように点々と釣り人の黒影。

九月になって見る初日の出の出を待ってから再びエンジン。駐車場を出てぶー、ぶー、ぶぅーと行く。久里浜、浦賀、観音崎。東京湾、千葉の向こうから朝の光、眩しい、やめて。

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七十年代アメリカ

映画をみた。東京でみた。横須賀近郊からだと往復二千円弱の場所だった。鑑賞チケットも二千円だった。茶を飲んだりして結局五千円くらいだ。

いい映画だった。どう捉えてよいのか、時代の差もあり悩ましい映画だった。最終的に、あれはコメディ、ブラックジョークのきついコメディだと思うことにした。七十年代のアメリカの現実は、特に女性の現実は厳しすぎて、悪い冗談として捉えたかった。

最近読んだベル・ジャーという本もキツイ内容だった。それを楽しく読んでしまうことも、すいすい読めるように書かれていることもきつかった。ベル・ジャーは六十三年に出版された。つまり、年代の問題ではなかった。

終映後に電気街を少し歩いて、古いマックブックのメモリーが幾らするのか探してみた。ネットより八百円ほど安かった。ラジオ会館の狭い小路を歩いて、分かりもしないトランジスタだとか、コイルだとか、コンデンサーだとかを眺めた。

神田を抜けて神保町まで歩くつもりだったけど、暑すぎて無理だった。引き返し電車に乗った。そんなだったら、映画で会った友人たちと地元に帰り杯でも交わせば良かった。

横須賀にもどって行きつけの喫茶店でコーヒーを飲んだ。砂糖を入れて少し待ち、それから掻き回した。もみあげをテクノカットした客が入ってきてカレーを頼んだ。声に聞き覚えがあるような気がしたけれど、知らない人だった。お金を払って外へ出た。

坂を上り、別の店で炭酸を飲んだ。お金を払って外へ出た。

商店街を歩き別の店へ入った。なにも買うものがなかったのでお金を払わずに店を出た。

坂を下って、やっているかもしれない店へ向かった。やってなかった。

扉が五センチほど開いていた。勇気を振り絞って覗いてみた。目があった。向こうはこちらの五センチ幅しか見えないから怪訝な顔をしていた。十五センチくらい開けて「こんばんわ」と声をかけた。「あぁ」「おぉ」と二人は言って中へ入れてくれた。「ワイン飲みますか」というのでもらった。友人がお祝いにくれたボトルだからということで、お金は払えずに店を出た。

駅まで歩いた。人が二人、前をゆっくり歩いていたので坂道で早足をして追い越した。汗をかいた。暗闇で警官が不審車を照らしていた。特急が通過していった。普通が止まった。乗った。

改札でパスモが残金238円。

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