冷蔵庫でワルツを

盛夏。東京。

歩くというよりも、泳いでいる。

湿度、ほぼ、お湯。

涼しいビルを離れ、通りに出たはいいけれど、余りの暑さに一瞬で朦朧としてしまう。どこへ向かうつもりだったかも分からなくなり、真っ直ぐ歩く。

こんな日はどの飲食店も忙しくしているのではないかな。

ここまで暑いと、外を長歩きする気は起きないし、さっさと冷たい物を飲みたくなる。かといって店に入ったら入ったで、強烈な冷房で一気に身体が冷える。

そこへ調子にのってシェイクでも頼もうものなら、寒さ倍増。

 

あっというま

 

あんなに暑かったことを忘れて、窓から外を眺める。すると日傘をさした美女が涼し気に歩いていくではないですか。

きっと外の方が人間的で快適なんだ。

こんな強烈な空調と揚げ物とカレーだけの店はさっさと退店して屋外の空気を吸おうじゃないか。私は冷蔵庫できんきんに冷やされるハムではなくて人間なのだ。

コールドタンにされてたまりますか。

 

あたし、生きてます。

 

お会計をサクッと済ませ自動扉を過ぎるとそこは、

 

猛暑であった。

 

数ブロック進んだだけで身体は次の飲み物を要求してくる。

シェイクは甘かったからアイスコーヒーか辛口のジンジャエールを出す店にでも寄りませんか。

 

一体何しに東京へ来たんだ。ジュースの検証に来たわけじゃない。あぁ、でも都会は暑過ぎる。どこかへ座りたい、いや許されるならば横になりたい、誰か水で私をビショビショに濡らしてくれたまえ、人目なんて気にするものか東京を放水で溢れさせろ。

 

ふと駐車場の入り口に目をやると警備員さんがホースを握って立っている。

 

放水だ。放水するつもりなんだ。

 

そう思って暫し立ち止まる。

こちらを見る警備員さん。

ホースを見る私。

それは一瞬だったかもしれないが、二人にとっては朝青龍と白鵬が見合ったときのような未来的、宇宙的な一刻が流れていたのです。

 

しかし、結局水は撒かれなかった。放水は無かった。

 

「かけてください」の一言が言えなくて、夏。

 

ホースを丸めて警備にもどるおじさんの横顔は、パラダイスへの入国審査官のように冷たかった。

いかん、これでは負の連鎖だ。なにか楽しいことを思い出さなければ。。そうだ、今朝の始発電車でみた斜め職人を思いだそう。

空いている席に座らず、ドアーに恐ろしい角度で寄りかかったまま動かなかったあのストイックな斜め職人を。暑さに負けない悟りの境地を。

 

 

 

 

背負っている人は強い。家族を背負っていれば多少の体調不良など欠勤の理由にしない。子供を背負った母親は、両手に買い物袋を持って坂を一人登って行く。舞台を背負ったバレリーナは指の先っぽだけで立ち、二代目は一代目の重圧を背負っている。

そして斜め職人はいつ開くとも知れない扉を背負い、そこにたたずむ。

 

ついに私はひとつの真理にたどり着いた。

地下鉄の出入口は天国である。

冷え過ぎた冷気は温かい方へ、地上へと向かい、熱気は入れ替わってそこに対流する。

 

何かの入り口は何かの出口でもあったのだ。

 

これは真理なのか、それとも地下鉄の地上口から吹き付ける冷風に心を許しただけなのか。

ああ、人が来る、出入口に向かって。

私はまたしても追いやられていく。都会の隅の方へ。

 

横になりたい。水をビショビショに浴びて、塩を時折舐めながら。

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