鯨が主役ではなかった夢について

またしても夢の話

昨晩見たのです。

 

馬堀海岸という、現在ではコンクリートで固められた、どうということのない岸壁があります。

その岸壁から海を眺めていると、ざわざわとした人だかりがあって、「なんだなんだ」と、そちらを注視してみました。

 

すると、鯨が護岸すれすれを泳いでいるではないですか。

シャチらしき姿も見えて、総勢で5〜6頭の大きな鯨たちが直下の海面を行き来しています。

 

すると、群衆の中からスーツ姿にメガネをかけた、いかにも若い研究者らしき男が前へ躍り出て、服も脱がずに海へと飛び込みました。片手にアタッシュケースらしき鞄を持ったまま。

 

「なんという研究魂だ」「彼は海洋学者なのだ」というようなざわめきが辺りを取り囲みました。

 

すると、先に飛び込んだ若き研究者よりも幾分年を経た別の学者肌の男達数名が、前に出て「しかたないなぁ」というような表情をしました。

しかし、その「しかたないなぁ」というのは怒るというのではありません。一途な研究魂で先に飛び込んだ彼に、若かりし自分の果たせなかった何か、諦めてすでに忘れてしまおうと思い、普段は開けない脳の引き出しの奥に、人知れずしまってある何か、その裾を引っ張られて少し青臭く照れながらも「嫌いじゃないな」という、はにかみのようなものでした。

 

そして、同じ様な微笑みをたたえた5、6人の学者肌の男達が、スーツのまま次々と海に飛び込んで行ったのです。もちろんメガネも外さず、鞄を片手に。

 

少しの間、彼らはメガネをかけた顔を水面につけたり上げたりして海中の鯨を観察しているようでしたが、護岸にいる我々には既に鯨よりも彼らの方が気になり、彼らの方がより英雄的でした。

 

暫くすると、そのスーツ姿の一団は何事もなかったかのように南の方へそのまま泳いで行きました。まるで普段から少数の群れで生活している海洋性の生き物のように。

 

我々護岸の住人は、ある種の憧れをもって彼らを無言で見送りました。

 

誰かがぼそっと呟きました。

 

 

「どこへ行くのだろうか」

 

 

次第に小さくなって行く彼らの背中をみつめながら答えました。

 

「あちらには自然博物館があるのですよ」

 

「つまり、仕事ですか?」

「えぇ、彼らは研究者ですから」

 

呟いた男は納得した様な顔を縦に頷かせました。

 

「そうか、出社か」

 

夕日とも朝日とも判断のつかない美しいくぐもった陽の光りが水面の闇に溶けていました。

 

 

 

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