甜瓜の一滴

メロンでも食べるか

首を振らない古い扇風機が唸っている。

濡れた髪を包んでいたタオルが膝下に丸まり、頭を冷やした保冷剤が二つ、ぬるくだらしなくなって転がったまま。

 

メロンでも食べるか

 

本を読む、尻が痛くなるまでは地べたに座ったまま。それから寝転がって続きを。

置いてあるノートの類が開け放った四方の風でめくれていく。

コードが渦をまいている。

今はなき、窓際のカーテンのことを考えている。彼は陽にあたり過ぎて薄くなり、先週破けたのだった。

 

メロンでも食べるか

 

プロペラで強制的に起こした風と、どこからともなく辿り着いた風の違いについて。

 

メロンが大き過ぎるので、半分に切ってそのまた半分を今食べよう。そして残った側を直ぐに摘めるように、さいの目に切っておこうか。タッパーがいるな。

 

私はトイレでしゃがみながら(これから何回も、このトイレを利用するだろうか)と、自分の心に確かめてみた。もしもそんな気がしたら、ここに住むことになるかもしれないと思って。けっきょく分からなかったけど。

 

「今日もいち日、ぶじ日記」高山なおみ著 新潮文庫 p.78

 

日記の本はいつ読んでもいいし、やめて別の日から続けたとしても大事はない。ミステリーをすすんで手に取らないのは、種明かしのためだけに言葉が使われる時間をなるべく掴まないようにするため。

 

メロンでも食べるか

 

半身をそのままスプーンで頂き、残りの半分はタッパーに。それでも入りきらない分はコップに重ねそのまま冷蔵庫へ。

 

猛暑日。

 

独りの用事は誰に断りなく中止して、部屋に閉じこもっていればよいので死なずに済む。

 

カスバの男を久しぶりに買った。(こう書くと文字は一瞬いかがわしく響く)

 

僕が人物やら風景を描く場合、━中略━ 実際の位置関係などは結構適当である。━━この「適当さ」が僕の場合すごく重要で、緊張感が高まれば高まるほど、それに反比例して「適当な抜き間」のタイミングのような感覚が起こる。

「カスバの男」大竹伸朗著 集英社文庫 p.68

 

 

モロッコへ行く前に「カスバの男」や「ジャジューカ」に出会っていれば良かったと束の間思う。しかしやはり、それを知る前に無垢の状態でモロッコを体感したことはより重要だった。

立ち回りは下手くそだったけれども、忘れられない強烈な印象をそれは残した。つまり、何も知らないという二十代唯一の財産を持っていた。

 

メロンでも食べるか

 

喫茶店へ。

 

いつもの人。車のトランクに入りきらない大きな木の箱を部屋へ運んだ話。

向かい側で、メロンの話が進みつつプリンが頬張られている。

カウンターと小窓の留め方。木と釘を見て撫でる。

帰り際に自転車ですれ違った人、ほんの少し会釈をしたような気がする。

 

 

夜風が気持ち良い。

 

昼間暑くなって計算の遅いパソコンと、ボぅ〜として何も進まない人間の脳。

夜、やっと正常な動き。

窓を開けているけれど今のところ蚊が入ってこない。

寝る前には閉めるつもり。

 

歩いていけるところに、図書館が二箇所と書店・古書店、本の店が八軒あるという事実。

 

パンがあるのにパンを買ってしまったので夜ご飯はパン。

生ハムとチーズが安くなったのはなぜか。

 

寝る前にメロンとヨーグルトを混ぜて食べてみようか。

それとも明日、昼の真っ盛りにアイスクリームを買い、一緒に食べようか。

いや、むしろ明日に備えて冷凍してしまおうか。

 

モロッコの西側、エッサオウィッラという場所でメロンは当時一玉50円位だったと思う。

まだ機内持ち込みさえ可能だったアーミーナイフでそれを真っ二つに割って、小さな匙ですくって食べた。部屋は風の通る二階だか三階で、木枠のついた窓を開けると眼下に旧市街の小道が見えた。

借景の土壁と屋上アンテナを向こうに、水っ腹になった体で広いベットに倒れ込む。土産物屋の流す現地のポップスを聴きながら午睡を始める。

 

 

━━もしかしたらここは、私たちの大好きな「気ぬけ」の場所なのかもしれないな。

 

「今日もいち日、ぶじ日記」   高山なおみ著   新潮文庫

 

 

 

しばらくして起きると、滴ったメロンの雫に蟻がいる。

 

 

 

 

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