おじいが電信柱で


The Cureを流しながらハンドルを握り、夏の夕方の坂道を下った。信号に近付き、高架下を抜けた。数台の車が前方の赤信号に停車している。後ろへつけてブレーキを踏む。

左の窓の向こうに、買い物客が夕方の忙しさの中で歩道を行き来している。人が横並びに二、三人通れるくらいの、これといって大きくも、狭くもない歩道。信号と交互に車窓をながめる。

おじいが一人歩いてくる。右手に布の鞄をぶら下げ、電信柱の前で止まった。おじいは進行方向とは逆の方に向き直り、人差し指を口に当てた。その人差し指をペロと舐め、湿った指先で電信柱の壁面に何かをさっさっと書いた。すぐさまもう一度同じように人差し指を口に戻し、またペロと舐めた。指は先ほどと同じ軌道で電信柱へ向かい、途中で半回転しながら指の腹を壁面に向けた。再び指が電信柱を短くなぞる。

四、五回その動作を繰り返し、おじいは向き直った。自分の道を、歩く方角に向かって。数歩先には薄暗い高架があり、だらだらと長い坂が始まり、やがてトンネルへとつながる。

信号が青になりブレーキから足を離した。大きな十字路を越え、この街の中心へ進んだ。いつも停める駐車場へ向かい、ゲートをくぐってエンジンを切った。歩いて下の街へ向かうと、前方に知人の後ろ姿をみつけた。長年の労働の癖で少し左へ傾いでいる彼の背中を眺めながら、そのままの距離で坂を下る。

fine

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