水曜日よこんにちは

たーぽぉーー、たーぽぉーー、と車載スピーカーから気の抜ける音を流しながら豆腐屋さんが住宅街を走り抜ける。水曜日。
一回目は早すぎてとてもじゃないが、財布を持って玄関へ走っても買えない。既にそこに私はいません状態。といっても豆腐を買おうと思ったこともないのだけど。それで、小一時間くらい経つと、もう一回豆腐屋さんが帰ってくる。どこかで道を折り返し、復路を走るのだ。その時は行きよりも速度が遅めになる。心の準備さえしておけば豆腐を買えるだろう。そもそも豆腐を買おうと思ったことはないのだけれど、もしかしたら豆乳も販売しているのだろうか。

ねぇ、あの豆腐屋さんて豆乳も売ってるのかな?

「豆乳はないわよ、だって豆腐って豆乳からできてるのよ。豆乳を売ってしまったら豆腐ができないじゃない」

と、よく寝たマイスター(マイスターについては昨日のブログを参照)が答える。

どちらにしろ豆腐を買う気は起きないので、その ”たーぽぉーー”という気の抜けた音を聞きながら冷めたコーヒーに手を伸ばす。

今日はバナナとゴールデンキュウイ、みき、を朝食にした。それから玄米パンに自家製マーマレード。みきっていうのは奄美大島の伝統飲料で、友達がお土産に買ってきてくれたのを先日初めて飲んだ。米とさつまいもでできた乳酸飲料。カルピスのようでありヨーグルトのようでもあり、どぶろくや甘酒の親戚のような飲み物。発酵飲料だけどアルコールではない。適度な酸味があって、冷やすと夏場にはもってこいの飲み物だ。牛乳を使っていないので、ミルクが飲めない人にもいいし、ジュースや水を飲むより栄養もある。それを真似してよく寝たマイスターが作り置きしてくれたものをペットボトルから注ぐ。

昨晩は久しぶりに手羽先を焼いた。何年振りだろうか。昔あまりに焼きすぎて今は買う気すら起きないのだけど、よく寝たマイスターが貪り食いたいらしく、買ってきた。マイスターは炭で焼いたら美味しいね、というが倉庫に眠った炭を準備する気力はもちろんないのでコンロで調理する。

普通のガスコンロの魚焼きグリルにプレートを敷いて焼く。塩だけを降り、他の野菜類はスキレットで焼いた。カボチャ、アスパラ、パプリカ、椎茸。オクラは刻んでお醤油で、胡瓜は一月前に苗を買ったものから初めて収穫。まだヒョロリンタンの一本きりなので、スーパーのきゅうりと一緒に塩揉みしてシラスと。苗は百五十円くらいだったはずだからあと三、四本収穫できればいいんじゃないか。

食後にアマゾンプライムでギリシャサラダというドラマを観てから寝床へついた。第六話で、フランス人がイタリア人の作ったボンゴレビアンコのパスタにパルメジャーノチーズをかけようとしてイタリア人が一斉に止めるというシーンがあった。何をする気だ、気でも狂ったのか、という形相でフランス人たちを見るイタリア人。何でもかんでもパスタといえばチーズくださいみたいなのを「どうかと思うよ」と風刺している。

明け方、夢を見た。
友達とゴルフみたいなことをしているんだけど、とんでもない急勾配の岩山みたいな場所の頂に穴がある。そこへ入れなければいけない。なんとかして上まで玉を運び穴の場所を見ると、小さな祠というのか神聖そうな雰囲気になっていて賽銭箱まである。そこへ玉を入れる前に小銭を入れなきゃいけないと思い、財布をまさぐっていると祠の隣に立っていたおじさんが静かな声で話し出す。

「戦国時代、ひどいことが起きたところのだぞ、わかってるのか?あっちにしたらどうだ」と言って、近くにある別の祠を指差す。しかし僕は玉をここへ入れなければならないので、こちらでいいのです、と言って財布から百円を取り出し賽銭箱へ入れる。

日差しが部屋へ強くさしてきて蒸し暑く目が覚める。台所で朝食のフルーツを切る。みきという奄美大島のスナックの店名みたいな飲み物を注ぐ。先頭へ戻りあなたは気怠い水曜日の午後に二回目を読み始める。

開けるか閉めるか

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コーヒーを淹れる九時半。”よく寝たマイスター”が起きてくる。お湯が少し多かったかもしれない。
桃が二つテーブルに置かれている。午前中から気温が高く、既に暑い。何を書こうか、書こうとしていたことが浮かび切る前に消えていく。湿度の中に、熱気の彼方に。

薄めのコーヒー。飲み過ぎる前に何か食べたい。最近は小麦をやめているので玄米パン。ルバーブのジャムを作ってくれたらしい。瓶がある。紫色に輝いている。窓は開けないことにした。夜に冷えた空気をなるべく外へ出さないほうが涼しのではないか。カーテンも閉めたまま。

よく寝たマイスターは「よく寝た、よく寝た、よく寝たマイスターー」と歌いながら起きてきて、換気扇の下でタバコを吸い終えた。席へつき、薄めのコーヒー。

換気扇が外の熱気を運び入れる。タバコの煙は外へ。

「鳥のコラーゲンとかってやっぱり大事だよ」とよく寝たマイスターがいう。

「不動産買取査定って不動産屋がやるんだって」とよく寝たマイスターがいう。

マイスターがYahoo!ニュースやそこへ現れる広告か何かを眺めながら次々と口にする。

扇風機をつける。パンを焼くグリルを点火する。グリルの調子が悪く二度ほどやり直す。外を大型車が走る振動が伝わる。

薄いコーヒーを飲む。机の上の桃がかわいい。白いふわふわネットから半分だけ顔を出した桃、二つ並んで。後ろには絵の描かれたガラスの空の花瓶がある。

「前のが全部死んで」とよく寝たマイスターがいう。部屋にある頂きものの蘭のことだ。少しずつ前列の花が落ちていく。

「チョウチンアンコウっていう相撲取りがいるの。提灯鮟鱇。頭に大きなコブがあって、きっと頭から飛び込み続けたから腫れ上がってしまったんだわ。お母さんと見たのよテレビで。」

チョウチンアンコウは強いのか尋ねる。

「チョウチンアンコウはね、すごくすごく強いの、っていうか強いっていうか、すごく叩くの、試合の前に自分の体をあちこち。あ、平塚七夕祭りだったのか」

ねぇ、バイデン大統領ってすごく元気だと思わない?と尋ねる。

「なんで?げんきだから?」

もう八十何歳なんだよね。それでさ真夏の酷暑の海岸に行って海パンいっちょで日焼けとかしてるんだよ。相当元気じゃない?それか海辺で育ったのかな、毎年海いかないと体が変とか。

「海軍だったんじゃない?海軍で鍛えててさ、平気みたいな」

そうか、もしかしたらトム・クルーズには負けないぞとか思ってるのかな。トップガンの海岸で走り回るシーンみたいに。そういえばミッション・インポッシブルの新作いつ観に行く?一日にする?混むかな?夏休みだしね、安いけど混むよね。

「こんだら人の横から顔出して観ればいいじゃない」

立ち見みたいに?そういえば、昔は立ち見とか映画でもあったよね?なんか子供の頃に親が連れて行ってくれたインディ・ジョーンズが立ち見だった気がする。通路に座っていたイメージがあるんだけど。

「日比谷公園のサラリーマン、もう暑くて息するのも大変。もわーっとして吸っても空気入ってこないのよ。暑いわー。」

薄いコーヒーはまだたっぷり残っている。

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ヘアーカット

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瞼を閉じたまま夜更けの雨を聴く。窓は閉めてあったっけ。少し開けたままのところもあるな。そのままうつらうつらと寝苦しい夜を過ごして朝を迎えた。

目覚めると晴れていた。太陽で温まりつつある地面から湿気が立ち上がり蒸し暑い。軽めの朝食を済ませた後で相方が髪の毛を切ってくれるという。ちょうどレイモンド・カーヴァーのヘアーカットという短い散文のような詩を読んだばかり。

物置から使っていないレジャーシートを引っ張り出して床に敷く。昔ながらの虹色のシート。相当使っていないので少しベタッとする。裸んぼうになり合皮のグレーの丸椅子に座る。相方は「足がベタベタするから」とシートに乗らないで鋏を動かし始める。

一通り切り終えた後で「最後に調整する」と言って所々を五センチくらいジョッキっと切るので不安になる。終えて洗面所へ行き鏡を見る。鏡の中の左側の自分はビジュアル系のように片側が長く伸びた前髪、右側には十円ハゲのような剃り込み部分がある。

腹を立ててぶつぶつ文句を言いながら鋏を受け取り、前髪と一箇所だけいたずらされた猫みたいに刈り上がった側頭部に手を入れる。裸のまま、隕石が落ちた窪みのように円形に短くなった部分に合わせて他を切っていく。少しずつ刈り上げ部分が広がっていく。「あー、あー、あー、どーすんだよこれー」と言いながら鋏を進める。相方は文句を言われるのが嫌だったみたいで別の部屋に引きこもってしまった。

昼食は相方が仕込んでくれたバイマックル入りのタイカレー。それと昨日醤油と味醂、酒でさっと煮た北海道ツブ貝の出汁が美味しかったので、取っておいたその出汁に茄子を揚げ焼きして追加。煮浸しにした。キャベツをぶつ切りにしてクミンをほんの少しちらし、塩だけで味をつけた即席サラダも用意した。

ナスの揚げ焼きに使った取手の部分まで鉄でできたアメリカの重いスキレット。昔はやらなかったのに、最近は熱くなった取手を素手でそのまま握りそうになる。実際一回しっかり握ってしまい火傷したことがあるので、革で取手カバーを作る。久しぶりに足踏みミシンを動かしたら湿気が汚れにまとわりついてカビていた。

相方は台所の古染みの付いた壁を白ペンキで塗っている。迷い込んだ蜂を窓から逃し、庭の花を切る。

車で通るときによく眺めていた紫陽花を咲き誇らせた歩道へ散歩に出る。盛りを超えて枯れゆく紫陽花。思ったよりも広範囲に植えられていて角を曲がった住宅地にまで続いている。「誰が植えているのだろうねぇ、挿木かねぇ」などと話しながら一つ一つ見て歩く。褪色していく紫陽花の美しさに感嘆しながら夕暮れを歩く。裏道を抜け、ブルーベリー畑を覗いたりしながら家路へつく。途中で出稼ぎに来ている東南アジアのグループに遭遇し挨拶を交わす。夕方の風に揉まれた髪は切り立てより少しましになったように思う。