30分なら15分

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 相方は涙を流していました。オッペンハイマーの二回目です。地元のシネコン会員になったので、平日はいつでも1300円で大作映画が見られます。ということで、四回目の映画鑑賞だということは前回書きました。

 相方は泣いていました。流れた涙の理由など聞くだけやぼですが、「なぜだか分からないけれど涙が出た」と、ボソといいながらハンケチをしまうのでした。人の中には言葉では言い表し難い感情というものがあります。それぞれの人生の中で、体験したことや見聞きしたことなどが積み重なり、個々の地層になっているわけです。そして、ある人は泣き、ある人は微動だにせず、ある人はポップコーンを前歯に挟んだまま一時停止したりするようです。

 相方はオッペンハイマーという映画の刺激によって地層を揺さぶられ、言葉にならない感情の波に泣きました。感受性です。そして映画のエンドロールが終わると言ったのです。

「あなたポップコーン食べすぎよ」

 自分が三分の二以上召し上がっておきながらです。

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 今日、友人のミュージシャンのPV撮影に行ってきました。急に電話があり、「PV撮りたいねんけど、ちょっと打ち合わせできひん?」(関西弁間違ってたらごめんなさい)
 午後なら行けると答え、車を走らせました。いつも停めている格安駐車場は入学式のために満車でした。デニーズのとなり、別のところへ車を移し彼の家へ。

 久しぶりに寒くなった日の午後で、床が冷たかった。

 話を聞くと二十分の曲で、その間に部屋の中で色々するからそれを一発どり、ワンカットで撮影して欲しいといいます。それならいますぐ始めようと答えました。カメラも持参していました。

「え、今日撮るん?いまから?」

そう、今から、こういうのはあんまり考えずにパッとやっちゃたほうがいいんじゃない。そう思う。

「今すぐ?そうはいってもシャワー浴びたり色々準備せな?着替えもせなあかんし」

風呂なんか入らなくていい。着替えはすぐできるでしょ。やるよ。

「ちょっとまってよ、やる、やるから、準備に三十分くれ、三十分」

十五分、十五分で準備しな。

 そういって、iPhoneのタイマーをセット。もちろん彼はシャワーを浴びる時間もなく、バタバタと用意を始め、半ば用意の途中から強引に撮影を開始しました。後から振り返ると、そのバタバタ動画を撮影した方が面白かっただろうね、とオツカレ中華を食べながら語りました。

 帰り道、撮影中からずっと一緒にいて準備も片付けも手伝っていたHちゃんが車の後ろの席からいいました。

「あ、花火」

 フロントガラスの向こう、マンションと山のあちら側で打ち上げ花火が上がっていました。木々と建物の遮る視界に、半分ほど欠けた光が赤や緑に夜空を染めました。

「きれいだね」

 車窓の桜にもそういったHちゃんが発進する車に寂しそうにもう一度そう言いました。最寄りの通りで車を停め、荷物をおろしました。Hちゃんは車が見えなくなるまで多分手を振っていました。

 坂を下っていくと近所の人が不意に始まった季節外れの花火を、つっかけサンダルで見終え、玄関へ戻っていくところでした。くたびれたTシャツと、息子の履き古したジャージを切って作ったような半ズボンが光の中に消えていきました。

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二回目の三時間

 おととい、それは2024年の3月29日だった。映画の初日に映画館へ朝イチでみにいった。そんなことをしたのはいつ以来だろう。そういえば、昔ともだちとマトリックスを映画館に見にいった。まだ若かったから帰りの駐車場でマトリックスごっこができた。腰も痛めずに。今なら怪我しているかもしれない。

 ともかく、初日の午前9時過ぎの回をみた。『オッペンハイマー』だ。
気合を入れて早く着きすぎてコーヒー屋さんはまだやってなかった。オレンジジュースを買って一気飲みして開場を待つ。

 結果、素晴らしい映画でした。映画の良さが色濃くあらゆるものに調和していた。音だけの映画でもないし、斬新なアイディアだけの映画でもない。過去の出来事、世界を一変させてしまった実際の出来事。現代の世界はどうか。そういったもろもろを刻んで混ぜ込んで映画という直球の肉団子にした。しかも、素晴らしいことにその三時間ある肉団子がまずくなくて、おいしい。多くの人に受け入れられる作りになっている。

 それでね、三時間だし会話が主で、登場人物が多いみたいだから相方はいかなくてもいい、「いっておいでっ」ていったの。だから一人でみたんだけど、さっきメッセージがきて「みたくなった」んだって。だから明日、もう一回みてきます。

 ところで、今月(3月)に映画館の会員になったんです。平日ならいつでも1300円でみれます。それで月一みに行けば半年の内に六回になり、無料チケットがもらえるそうです。ですが、会員になってしまったばかりに、どうも映画館で映画をみる体験というものが癖になりました。というのも今月すでに三回みにいっている。あすで、四回目です。後二回で無料券です。

 ほかは何みたか気になりますか?ゴジラ-1.0とDUNE Part2です。どちらも映画館でみると迫力満点で楽しめます。まぁそこまでといえばそこまででした。「たのしかったね」で終われる映画です。オッペンハイマーはその先のある映画でした。「たのしかった」で終わらない。名作って多分そういう映画なのだとおもいます。いまの感想だとクリストファー・ノーラン監督の中で一番よかった。映像美とかではなく、映画そのものとして。

 ただオレンジジュースを一気飲みしてからみにいくのはおすすめしません。三時間だから。片道三時間の映画だから。そこそこの年齢だから。

 では、また。

 

始まり

 

 コーヒーポットからピンクベージュのカップへ朝の一杯を注ぐ。ソーサーが少しずれていてカップがカタカタカタと小刻みに揺れる。注ぎ終わると静かになり晴れていた空が曇っている。

 年の離れた友人が映像に興味のある若手を紹介するからというので喫茶店で待ち合わせをした。早めに到着すると、すでに友人は着席していて隣に居合わせた人と話をしていた。その間へ座ることになり、上着を脱ぐと居合わせた人は「行かなくちゃ」と帰り支度を始めた。

 しばらくして紹介すると言われていた”映像に興味のある若手”が到着。挨拶を交わしたのちにお茶を飲みながら店主を交えて話が弾む。店主はとんでもなく映画に詳しく、アテネ・フランセに通っていた時期があるそうだ。他にお客さんもいなかったので映画とか映像の話をしながら二杯目はお酒を頼んだ。年の離れた友人は「飲んだことのない知らない銘柄がいい」と口を開き、朝日やキリンではない瓶ビールを注文する。

 小一時間を過ごし、店を後にした。友人は朝が早いのでこれで帰宅すると呟き、分れ道で別の方角へ姿を消した。今日知り合ったばかりの二人で少し歩き、別の店へ向かった。

 その日はライブがあると聞いていた飲み屋街の一軒へ入ると音楽はすでに終わっていて、カウンターで数人が飲んでいた。そこへ隙間を見つけて二人で座り今度は音楽や海や移住について語り、香川で自給自足しているユーチューバーのことなどを聞いた。天ぷら油で車を動かしているらしい。彼自身は横須賀にガスなし薪風呂付きの空き家を見つけ引っ越そうか考えているという。

 この辺りの海で気に入っているという海岸へお互いが通っていることが分かり、今度一緒に行こうという話になった。電車の時刻が近付いたので会計を済ませ夜の道に出た。明日は休みなので撮影に行こうと思うと言い残して彼は右へ、ネオンの輝く方角へ歩いて行った。忘年会シーズンで、電車は賑やかだった。今日は帰らないと決め込んだ若いグループが次の駅で楽しそうに降りていった。扉が閉まり、変わらぬ車窓からの夜景が左へと流れていった。